諏訪温泉 |
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| ◆諏訪湖 御神渡り( おみわたり ) 諏訪湖の湖面は、毎年一月から二月にかけて平均で55日間凍結するそうです。 そして、最も寒い頃に氷の収縮によりヒビ割れが起こり、そのヒビ割れの部分の水が凍ったり解けたりを 繰り返し、薄い氷が盛り上って出来た氷の道を、昔から【 御神渡り 】と言われ、応永四年(1357年)からの 記録が八剣神社(やつるぎじんじゃ)に残されています。 御神渡りは、諏訪大社上社から下社へと方向は一定していて、上社の男神が下社の女神のところへ 通った「通い路」であったとも言われています。 ◆諏訪大社 ![]() 日本全国に一万以上の分社を持つ諏訪神社の総本社です。社殿は
の四宮が創建されています。 七年に一度行われる【 御柱祭 】は、この四宮それぞれに四本、計十六本のモミの巨木を奉納して それぞれの境内の四隅に立てる勇壮な祭りです。その中でも、45度近い坂から巨木を落とす 【 木落とし 】は圧巻です。 諏訪大社は、古くから広く信仰を集め、信濃国一ノ宮となり、平安時代末期以後は武の神として 【 日本第一大軍神 】と称されました。 上社の幣拝殿や四脚門など六棟と下社の幣拝殿や神楽殿など七棟は江戸中期から後期の建築とされ それぞれ国の重要文化財に指定されています。 |
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| ◆社寺彫刻( 建築彫刻師 ) 諏訪大社は、十八世紀頃から諏訪に居を置き、各地の社寺建築・社寺彫刻を手懸けた立川一門により 建築されました。 初代 立川和四郎富棟は、幕府御用達建築彫刻師 立川小兵衛富房の元で修行し安永九年(1780年)に 諏訪大社 下社秋宮 幣拝殿を手懸けました。また、富棟の長男 二代目 立川和四郎富昌は、富棟の孫 三代目 立川和四郎富重らとともに、諏訪大社 上社 幣拝殿も手懸けています。 この 二代目 立川和四郎富昌ら一門は、社寺彫刻とともに、各地の山車彫刻も手懸け 愛知県半田市に伝わる山車にも彩られています。 |
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| 愛知県半田市は市内10地区に計31輌の山車を持ち、五年に一度 31輌が 勢揃いする、日本一の山車祭りが開催されます。 2005年愛地球博にも31輌が勢揃いし、勇壮な姿を披露しました。 |
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| こちらは、山車全面の壇箱(だんばこ)という部分に飾られている 【 力雄神・力雌神 】という彫刻です。
とても力強い迫力を感じ、今にも動き出しそうな勢いです。 ![]() 半田市の山車は、これら立川和四郎一門の彫刻と共に、立川流の彫刻に強い影響を受けた 地元の彫師 初代 彫常( ほりつね )新美常次郎ら一門の彫刻も数多く残っています。 国の重要文化財や県の重要文化財にも指定されている、市民の宝物をいつの世にも大切に 残して頂きたいと願います。 |
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◆諏訪温泉の紹介
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